@article{oai:nagoya.repo.nii.ac.jp:00012218, author = {細井, 綾女}, journal = {言葉と文化}, month = {Mar}, note = {本稿では在日朝鮮人(以下「在日」とする)、マグレブ系フランス人をそれぞれ指して用いられる用語の一つ「コリアン・ジャパニーズ」と「ブール」を取り上げる。「コリアン・ジャパニーズ」と「ブール」は比較的若い世代によって、あるいは若い世代を指して用いられている用語である。これらを選んだのは二世、三世と呼ばれる世代に興味があるからだ。はじめに在日誕生の歴史的概観を通し彼ら自身あるいは彼らの祖先の祖国である朝鮮半島と彼ら自身双方における呼称の変遷を考察する。次に「コリアン・ジャパニーズ」と「ブール」に特に焦点を当て用語の賛否両論を検証する。「コリアン・ジャパニーズ」は1977年坂中英徳による在日の帰化を奨励するコンテクストの中で用いられた。これに対し多くの在日知識人が「単一民族国家日本への同化を促すもの」として異論を唱えたが、その一方では自らを「コリアン・ジャパニーズ」と呼ぶ作家の金城一紀[2000]やこの自称を用い日本への帰化を奨励する数人の在日朝鮮人も出現する(Jeffry. T. Hester[2008])。一方、「ブール」はマグレブ系移民二世の若者らによる造語で初めは彼ら自身によって用いられ始めた(Malek Boutih[2003])。「ブレット作家」を自認するFaïza Guène [2006]をはじめとする若者たちは「フランス人でもアラブ人でもない」彼らを表す自称として積極的にこれを全面に出してきた。だがフランス社会で他称として利用されるようになるにつれ(ミュリエル・ジョリヴェ[2003])この語で括り続けられることに異を唱える者も出てくる。本稿ではこの呼称が在日およびマグレブ系フランス人の社会的・法的地位との関連のなかでどのように受け止められてきたのかを考察する。}, pages = {81--98}, title = {「コリアン・ジャパニーズ」・「ブール」の呼称の変遷と国籍問題}, volume = {11}, year = {2010} }