@phdthesis{oai:nagoya.repo.nii.ac.jp:00009581, author = {平野, 元久}, month = {Jan}, note = {相対運動する固体同士の直接接触に起因して発生する摩擦現象は、従来主に摩擦の凝着理論に基づいて解析され、これによって工学的な表面の摩擦現象は統一的に理解されてきた。これに対し、近年、物理化学的に同定された表面の形成技術と表面分析技術の進展に伴い、固体摩擦の研究は新たな局面に展開されている。実用的な立場からは、機構の性能・信頼性をより一層向上させるために、新しい表面改質技術に基づく高機能潤滑表面の重要性は益々増している。特に、高真空に代表される特殊環境においては、高機能潤滑表面の創成技術の確立は強く望まれているところである。イオン注入に用いられる高エネルギイオンビームは、通常、数100keV程度の高い運動エネルギを有する。したがって、高エネルギイオンビームを固体表面に照射すると、固体内部に侵入した高エネルギイオンは基板原子と繰り返し衝突し、これによって固体内部には多重の格子欠陥が生成する。また、イン注入条件によっては固体内部に結晶性の化合物が形成される。そして、これらに起因して硬度の増加や潤滑性の改善がもたらされる。このように、高エネルギイオンビームは、金属などの非半導体材料に対して、高機能潤滑表面を創成するための新しい手段として期待される。学問的な立場からは、摩擦現象を微視的に理解するために、摩擦と表面物性との関連性や、摩擦を量子力学的に取扱う検討が重要である。このような表面の基本的な物性を背景として、摩擦の起源を理解することが可能になれば、潤滑表面を形成することを目的とした材料設計を構築することが期待される。以上の基本的な考え方に基づき、本論文は、高機能潤滑表面の創成を目的として、高エネルギイオンビームを用いたイオン注入、イオンビームミキシングによる材料の表面改質の検討と、改質された表面の摩擦について議論したものである。本論文は次のような内容から成っている。 第1章は、本論文の序論であり、本研究の目的を明確に示すとともに、高エネルギイオンビームを用いた表面改質技術の特徴と現状に言及した。本研究の目的は以下の2点に集約される。学問的な立場においては、イオン注入表面とイオンビームミキシング薄膜の摩擦機構を明らかにし、固体摩擦に及ぼす高エネルギイオン衝撃効果を考察する。また、応用的な立場においては、イオン注入・イオンビームミキシング技術の開発を基盤としてイオン注入表面を機構部品に適用し、イオン注入の実用性を具体的に検討する。第2章では、イオン注入表面の基礎的な摩擦・摩耗特性の検討を目的として、B^+注入によるFe基材料の摩擦・摩耗特性の改善効果を明らかにした。また、イオン注入表面の摩擦機構を明らかにするために、イオン注入表面の結晶性、すべり摩擦時の接触状態、摩擦痕の成分分析などを検討した。特に、イオン注入表面の酸化摩耗機構に着目し、すべり摩擦によって摩擦痕に形成されるFe酸化物がイオン注入表面の摩耗にどのように作用するかについて詳細に検討した。さらに、イオン注入における反応機構を検討するため、B^+注入托面の結晶性、硬度、摩擦に及ぼす基板温度の効果を明らかにした。2.1節は、第2章の緒言であり、イオン注入表面の摩擦に関する研究の歴史と現状を概観し、本章の目的を示した。本章の目的は、以下の2点である。すなわち、検討例の少ないFe基材料に対するB^+注入効果に着目して、イオン注入表面の摩擦に関する基礎的データの蓄積に寄与すること、および、B^+注入したFe基材料の摩擦を検討し、イオン注入表面の摩擦機構を明らかにすることである。2.2節では、本研究全般を通して用いたイオン注入装置の主要諸元、イオン注入方法を記述した。2.3節では、本研究において一貫して行った摩擦試験と摩擦試験結果の評価方法を記述した。この中で、試験片、摩擦試験装置、摩擦試験データ収集解析システム、摩擦試験条件の詳細を示した。2.4節では、Fe、ステンレス鋼、Al、Ti、Ti合金に対して、B、N、Arをイオン注入し、その摩擦係数に及ぼす効果を明らかにした。その結果、ステンレス鋼に対するB^+注入効果が最も大きいことを示した。したがって、B^+注入ステンレス鋼に焦点を絞り、すべり摩擦時の接触電圧の統計解析や摩耗粉の成分分析などによってその基礎的な摩擦・摩耗特性、摩擦機構を検討した。その結果、B^+注入ステンレス鋼の低摩擦、高耐摩耗性は、B^+注入によるステンレス鋼の低凝着化と、摩擦酸化によって生成したFe酸化物(α-Fe_2O_3)が接触界面に介在し、摩耗に対する保護膜として作用する機構に起因することを明らかにした。2.5節では、B^+注入ステンレス鋼の摩擦機構を詳細に検討するために、B^+注入ステンレス鋼の接触電圧の統計解析によって、すべり摩擦時の接触状態を考察した。その結果、B^+注入ステンレス鋼の低凝着性は、接触電圧の確率密度分布にピークが存在しないことに対応することを明らかにし、本研究で提案した接触電圧の統計解析手法の有用性を示した。2.6節では、イオン注入表面の摩擦機構を表面物性の観点から考察するために、前節までに検討したステンレス鋼のベース材料である純Feを基板としてこれにB^+注入し、その表面の結晶性、硬度、摩擦を検討した。その結果、B^+注入Fe面には低凝着、高硬度のFeほう化物(Fe_2B)が生成する現象を初めて見い出すとともに、B^+注入によるFe基材料の摩擦・摩耗特性の改善効果は、そのFeほう化物に起因することを示した。さらに、イオン注入時の基板温度を低下することによって、B^+注入Fe面の結晶性は劣化し、これに伴って、B^+注入Fe面の硬度と耐摩耗性が増加する効果を明らかにした。2.7節は、第2章のまとめであり、B^+注入ステンレス鋼、B^+注入Fe面の基礎的な摩擦・磨耗特性、摩擦機構を要約した。第3章では、合金の凝着力を理論、実験の両面から検討した。理論的に、Naの添加によってAlの凝着力が増加することを予測し、これを実験的に検証した。合金の凝着力を理論的に取り扱うために、密度汎関数理論に基づく純金属の凝着理論を仮想結晶近似を用いて合金に拡張した。理論によると、Alに対するNaの添加によって接触界面における電子密度は局在化し、これに起因してAlの凝着力が増加する効果を予測した。実験的には、Naをイオン注入したAl薄膜の凝着試験を行った。実験によると、Naを添加することによりAlの凝着力は増加することが示され、実験結果は上述の理論予測と定性的に一致した。以上の理論的、実験的検討により、本研究において展開した合金の凝着理論の妥当性を示した。3.1節は、第3章の緒言であり、摩擦の凝着理論において基本量となっている凝着力に関する現状の理解を示し、摩擦機構を微視的視野から解明するためには、表面の電子物性に立脚して摩擦を検討することが重要であることを指摘した。3.2節では、合金の凝着力の理論計算方法と計算結果を示した。最初に、理論の基盤となる密度汎関数理論を概説し、次いで、計算のモデル、仮想結晶近似に基づくAl-Na合金の凝着力の計算方法、計算結果を記述した。その結果、Naの添加によって接触界面における電子密度は局在化し、これに起因してAlの凝着力は増加することを予測した。3.3節では、前節で展開した合金の凝着力に関する理論の妥当性を検証するために、Naをイオン注入したAl膜の凝着力を実験的に検討した。その結果、Naを添加することによりAlの凝着力は増加し、実験結果は前節の理論予測と定性的に一致することを示した。以上の検討により、合金の凝着力に関する理論の妥当性を検証した。3.4節は、第3章のまとめであり、本研究において展開した合金の凝着理論の妥当性と、金属の凝着力と界面における電子密度分布との関連について要約した。第4章、第5章では、固体潤滑膜のイオンビームミキシング効果を検討した。第4章では、WS_2スパッタ蒸着膜に対して不活性元素を高エネルギでイオン衝撃し、そのWS_2膜の結晶性、摩擦特性を検討した。第1に、WS_2膜の高周波スパッタ蒸着における成膜条件を確立するとともに、WS_2膜自身の基礎的な摩擦・磨耗特性を明らかにした。次いで、高エネルギイオン衝撃したWS_2膜の結晶性、摩擦特性を検討した。これによって、不活性元素の高エネルギイオン衝撃が誘起するWS_2膜の結晶化と、この結晶化に起因してWS_2膜の摩擦寿命が拡大することを明らかにした。 4.1節は、第4章の緒言であり、WS_2やMoS_2などに代表される遷移金属のカルコゲン化物は、特に真空中における有用な固体潤滑材料であることを指摘するとともに、高エネルギイオン衝撃によってWS_2膜などの固体潤滑特性を改善することの重要性を示した。4.2節では、高周波スパッタ蒸着によるWS_2膜の成膜方法とHe、Ar、Kr、Xeによる高エネルギイオン衝撃の条件を示した。また、WS_2膜の評価方法については、大気中、および真空中における摩擦試験方法、オージュ電子分光、電子線回折などによるWS_2膜の組成、結晶性の評価方法を示した。4.3節では、高周波スパッタ蒸着における成膜条件をパラメタとしてWS_2膜の摩擦特性を評価し、WS_2膜の成膜条件を最適化した。さらに、そのWS_2膜の基礎的な摩擦特性を検討し、基板の表面粗さ依存性などを明らかにした。4.4節では、最適化した条件で成膜したWS_2膜に対して4種の不活性元素を高エネルギでイオン衝撃し、そのWS_2膜の結晶性、摩擦特性を検討した。その結果、He、Arなどの比較的質量数の小さい不活性元素による高エネルギイオン衝撃は、WS_2膜表面層に部分的な結晶化を誘起する現象を見い出した。さらに、この部分的結晶化に起因して、WS_2膜の摩擦寿命が増加することを明らかにした。4.5節は、第4章のまとめであり、高周波スパッタ蒸着によるWS_2膜の成膜条件の最適化と、WS_2膜の結晶性、摩擦特性に関する高エネルギイオン衝撃効果を要約した。第5章では、イオンプレーティングと高エネルギイオン衝撃とを同時に行ってAg膜を形成し、そのAg膜の結晶性、薄膜/基板界面におけるミキシング効果、摩擦特性を検討した。第1に、イオンプレーティングと高エネルギイオン衝撃とを同時に実施可能な薄膜形成法の開発について記述した。次いで、これを用いてAg膜を形成し、そのAg膜の結晶性、薄膜/基板界面におけるミキシング効果、摩擦特性、さらにこれら諸特性のアニール効果を検討した。その結果、高エネルギイオンの同時衝撃によってAg膜の摩擦寿命が増加することを明らかにした。5.1節は、第5章の緒言であり、成膜時における基板および薄膜に対する高エネルギイオンの同時衝撃は、薄膜/基板界面におけるミキシングを活性化させ、固体潤滑膜の寿命を増加させ得る有用な手段であることを指摘した。5.2節では、イオンプレーティングと高エネルギイオン衝撃を同時に実施可能な薄膜形成装置の開発の概要、これによるAg膜の形成方法を示した。また、形成したX線回折、電子線回折などによるAg膜の組成、結晶性の評価方法を示した。5.3節では、イオンプレーティングのみによって形成したAg膜の結晶性を検討した。その結果、Agイオンプレーティング膜の結晶性ほ高く、さらに、その膜は(111)面が基板に対して平行な配向性を持つこと明らかにした。5.4節では、高エネルギAr^+の同時衝撃効果を検討した。具体的には、これによって形成したAg膜の結晶性、アニールによる薄膜/基板界面におけるミキシング効果、Ag膜の摩擦特性を評価した。その結果、高エネルギイオンの同時衝撃と薄膜形成後のアニールによって薄膜/基板界面におけるミキシング層は顕著に拡大し、これに起因してそのAg膜の摩擦寿命は増加することを明確に示した。このミキシング層の拡大効果は、イオンプレーティング中の高エネルギイオンの同時衝撃が多量の格子欠陥を薄膜に導入し、この格子欠陥が薄膜/基板界面における相互拡散を活性化したことに起因するものと考察した。5.5節は、第5章のまとめであり、イオンプレーティングによって形成したAg膜の結晶性と、高エネルギイオンを同時衝撃したAgイオンプレーティング膜の結晶性、薄膜/基板界面におけるミキシング効果、摩擦特性を要約した。第6章では、第2章の結果を踏まえ、低摩擦、商耐摩耗性のB^+、N^+注入表面を玉軸受に適用し、イオン注入表面の実用性を具体的に示した。検討した玉軸受には微小揺動運動を課し、これによって誘起される転動面のフレッチング摩耗に着目した。その結果、B^+、N^+注入した玉軸受はフレッチング摩耗に対して高い耐摩耗性を示し、これによって玉軸受の寿命は増加するとともに、玉軸受からの発塵も低減することを明らかにした。6.1節は、第6章の緒言であり、イオン注入表面の実用性を検討するために、玉軸受のフレッチング摩耗に着目することの重要性を示した。6.2節では、N^+注入した玉軸受の揺動特性を検討した。微小揺動試験方法、軸受構成部品へのイオン注入方法を記述した後、軸受構成部品における注入元素分布と、N^+注入した玉軸受の起動トルクなどの基本的な揺動特性を考察した。その結果、N^+注入によって玉軸受の起動トルクは低減し、軸受寿命は100倍程度に増加することを示した。このように軸受寿命が増加したことは、第2章で考察した酸化摩耗機構と同様に、N^+注入した軸受転動面に生成するFe酸化物がフレッチング摩耗に対する保護膜として作用する効果に起因することを明らかにした。6.3節ではB^+注入した玉軸受の揺動特性と発塵特性を検討した。その結果、B^+注入はN^+注入と同様に玉軸受のフレッチング摩耗を低減し、これに伴ってB^+注入軸受の起動トルクが減少することを示した。さらに、このようなB^+注入による耐摩耗性の向上によって、軸受からの発塵も低減することを明らかにした。6.4節は、第6章のまとめであり、玉軸受構成部品へのN^+注入、B^+注入により、玉軸受のフレッチング摩耗と軸受からの発塵が低減する効果を要約した。第7章は、本論文の総括であり、本研究で得られた結果をまとめて示した。, 名古屋大学博士学位論文 学位の種類:工学博士 (論文) 学位授与年月日:平成1年1月13日}, school = {名古屋大学, Nagoya University}, title = {イオン注入表面の摩擦に関する研究}, year = {1989} }